最終更新日*2018/03/12*挿絵を追加

回想録

本編の後日談です。


第2話「予行演習?」

海神夫婦に、何百回目かの倦怠期がやってきました……



今回の登場人物

海神
現役を退いたのはすでにはるか昔のこと。いまや趣味のチェスを指す相手もなく、寂しい隠居暮らしを送っている。しかし最古参の神族たる彼の胸には、ある確信と覚悟があった。
雪の女王
人知れず自然の中に存在する精霊たちは、驚くべきことに未だ簡潔で純潔な「初心」のなかに在る。その純朴さゆえ、穢れた兄弟たちに「回心」を迫る差し出がましさすら持ち合わせていない。
ラナ
海神の妻。元来ひじょうに気の強い性質だが、近頃ことさら苛立っている様子。
チェス妖精
海神愛蔵の盤駒たち。論理性を計算力で立証するという、妖精族としては珍しい能力を備えている。
水精
海神夫婦の娘たち。子供のように見えるが、母親同様に若さを相当チートしている。
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海神
ふう…
すっかり退屈になってしもうたのぅ…
ラナ
どうしたの?
退屈なんて、今に始まったことじゃないでしょう。
ラナ
もう何百年この地下宮殿に籠っていると思うの、あなた?
だいいち、いまさら海上へ出て行って、
昔のように暴れまわる若さもないでしょうに。
水精A
海の上で、暴れるぅ?
そんなことしたら、お父様、ぎっくり腰になってしまうわ!
水精B
その程度じゃ済まないわよ!
ねえ、お父様も、お母様を見習って、
アンチエイジングに励むべきだわ!
海神
いや…
そういう、そもそも論ではなくてな…
ラナ
じゃあ、何なのよ?
海神
うう、その、
たんなる独り言じゃ…
ラナ
………あなた。
私、以前にも言ったはずよ?
海神
(あっ、この声音はやばいぞ…)
はい?
ラナ
大して意味もない独り言を呟くたびに、
世界が崩壊するかのようなしかめっ面を
いちいちしないでちょうだいっ!!!
海神
す、すまん。
そんなつもりはないのじゃが……
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

海神
はぁ…
こんなところまで歩いてきてしまったか…
雪の女王
おい、大丈夫か?
雪の女王
………なんだ。
追剥おいはぎに遭った哀れな人間が
歩いているのかと思ったら………
海神
おお、すまん。
ここはあんたの縄張りだったな。
雪の女王
かまわん。
私も昔と違って、
だれかれ構わず斬って捨てるようなことはしない。
大人しくなったものさ。
雪の女王
あんたと会うのは、何百年ぶりだ?

しかしすっかり老け込んだな。
神族オーラもまるでなしだ。
海神
そうか…
じつは、今朝な……
雪の女王
なに。
チェスの相手だと?
海神
そうなんじゃ。
しかし、ラナには言えんでのう。
雪の女王
だろうな。
しかし奴が盤駒ゲームなんぞに興味がないのは、
長い付き合いのあんたには分かりきったことだろう。
海神
うむ。
だからわしは、言わんかった。
雪の女王
ではなぜ叩き出されたのだ?
海神
顔じゃ。
雪の女王
顔? あんたの?
いまさらそれが気に入らないと?
海神
ううむ…
この頃は、顔を合わせればいがみ合いじゃ。
寂しい話よのぅ…
雪の女王
分からんな。
あんたたちは神族だろう?
なぜ夫婦などという、
人間臭いしがらみにしがみつくのだ。
海神
むしろ、神だからじゃよ。
我々は、人間の模範でなければならない。
雪の女王
ああ、そういうことか。
夫婦だとか親子、主と召使、男と女…。
それらの役割の範を示すというわけか。
雪の女王
そうでなければ、
やつらをまとめることは難しいからな。
───あんたたちに都合よく。
海神
むむむ。
お前さんも、ぶっちゃけるのぅ。
いやはや、精霊というは気楽な身分じゃて。
雪の女王
気楽だと?
ふん、自分から泥沼に首を突っ込んでおいて。
雪の女王
あんたほど長く生きておれば分別もできていよう、
あんたたちは穢れた精霊、堕ちた天使だ。
雪の女王
都合のいい道具が欲しくて、
人間や侏儒こびとと関わっているのだからな。
代償はきっちり支払うべきだ。
海神
まぁまぁ、気楽などと軽口を言ったことは謝る。
わしは心の底からうらやましくてああ言ったのだ。
それに……
雪の女王
それに?
海神
代償を支払うときは必ずやってくる。
しかもそれは、遠い未来の話ではない。
雪の女王
ほう。
さすがに、物知りだな。
海神
初めから決まっていたからな。
しかし、その時がこうして迫ってくると、
この世界の歴史も、長いようで短いものじゃった…
雪の女王
そんな時に、
のんびりチェスなどしていてよいのか?
海神
うむ。
これも必然じゃな。
海神
チェスの盤面というものは、
始めと終わりでは眺めががらりと変わる。
可能性が次々に消えていき、
王が詰むころにはほとんどの駒が姿を消す。
雪の女王
ああ、聞いたことがあるぞ。
世界の歴史の終わりには、
人間たちはみな地下へ姿を消すらしい。
海神
まぁ、これがチェスであれば、
詰みが見えた時点で投げればよいのじゃがな、
この世界を終わらすには、
王を取るまで指し続けねばならんのじゃ。
辛いところじゃのう。
雪の女王
始めたものは、終わらせねばならん。
うだうだ文句を言っていないで、
さっさと王を差し出せばよいのだ。
キング(黒)
えーっ。
わたくし、首を取られちゃうのですかっ?!
そんなの、前代未聞の言語道断ですぞっ!
雪の女王
なんだ、こいつはまた
いちだんと小さい侏儒だな。
海神
お前たちも話を聞いておったのか、
わが駒たちよ。
クイーン(黒)
おーほほほ!
ついに!
ついにこの時がやってきましたわっ!
キング(黒)
これ女王、なんですかその満面の笑みは?!
国王の未曽有の大ピンチなのですぞっ?!
クイーン(黒)
王の首も取らずに戦いが終わるなんて、
どう考えても権力の横暴です。
なぜいままで正されなかったのか…
クイーン(黒)
わたくしは長いこと、この歪んだ世界に
犠牲を強いられてきたのです!
雪の女王
こっちでも夫婦喧嘩が始まったぞ。
海神
ああ、家族の幻想は光を失った。
すべての役割はその鎖を断ち切られた。
自由の衝動は解放され、
瞬く間に世界を覆うだろう…
キング(黒)
あーっ、チェックメイトです!
王手ですよっ!
ほれ、皆の者、であえ―!!
キング(黒)
こら、ルーク! ビショップ!
何をしているのです!
私を助けるのが、お前たちの役割でしょう!!?
キング(白)
ルールは崩れ去った。
世界とともに。
クイーン(白)
最後のゲームを終わらせましょう。
まったく新しい世界を迎えるために…
クイーン(黒)
最終奥義…… 王手放置っ!!!
キング(黒)
ぎゃああああああ
そんなぁぁぁあああああああ
雪の女王
……なるほどな。
あんたがにわかにチェスを
指したくなった訳が、分かったよ。
海神
うむ。
わしも、すっきりしたわい。
海神
これで、
予行演習が終わったんじゃ…
キング(黒)
お、ここが、観覧席ですか。
ポーン(黒)
どうです陛下!
ここもなかなか、いいところですよ!
ナイト(黒)
ここへ来てしまえば、
我々は職務から解放されるわけです。
ルーク(黒)
序列もない。皆同じです。
そして、2度と戻ることもない。
ビショップ(黒)
そうです。
この平和、この安心感。
これこそが心の故郷なのです。
キング(黒)
ああ、お前たち。
あれだけ私の犠牲になって働いてくれたのに、
目の前にいる私をなじることもなく…
なんという気高さ、なんという優しさ!
クイーン(黒)
やっと気づいてくださって、私も嬉しいわ。
キング(黒)
おお、女王!
いや、私はすっかり改心したよ!
クイーン(黒)
そう…
此岸あちらにいたのでは、
彼岸こちらの真実は分からないのです。
キング(黒)
うむ、まったくじゃ…
しかしなぜ、こんな簡単なことができなかったのか?
たった一度、「回れ右」をすればよかっただけなのに…
雪の女王
気づかなかっただけだ。
お前たちは、難しく考えれば、
なんであろうと解決できると思っている。
雪の女王
それはまったくの勘違いなのだ。
クイーン(黒)
そうです。
正しい道は、その逆にあるのです。
キング(黒)
なるほどな…
キング(黒)
ああ、私もやっと、あの盤の上から、
解放されたのだ……
〜〜おしまい〜〜



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